万葉集の最終歌・あらたしき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事
万葉集の最終歌は、数年前にこのブログでも取り上げました。
4516 新 年乃始乃 波都波流能 家布弗流由伎能 伊夜之家餘其騰
あらたしき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事
この歌を詠んだのは、万葉集の編集者とみなされている大伴宿禰家持です。
天平宝字三年(759)正月一日、家持は「新しき年の初めの」の歌を因幡国の国庁に国郡司らを招いた宴で詠みました。前年、天平宝字二年六月、家持は因幡守に任じられ、七月に親しい者による別れの宴を済ませ、ほどなく家持は任地に赴いていたのです。
そして、正月一日の宴。この年は、正月一日と立春が重なった年でした。その年の宴歌です。
新しい年の初めの一日が 立春に重なった今日、このめでたい日に降る雪よ どんどん降り積もれ。 吉いことが積み重なるように この国の弥栄をことほぐように 降り積もれ
因幡守として国郡司を饗応した家持でしたが、彼の因幡守任命はいわゆる左遷でした。
家持が因幡守に任じられた一年前の天平勝宝九年(757)橘奈良麿の謀反事件がありました。そこで、反藤原勢力は一掃されていました。
橘奈良麿の父の左大臣橘諸兄の館に聖武太上天皇に従がして訪問したこともある家持だったのに、「奈良麿の謀反」に何故か巻き込まれなかったのでした。家持は443人もの処分者を出した政変を生き残ったのです。それは、彼を死なせてはならないと密かに情報を伝えた人物がいたということでしょう。だから、家持は橘諸兄たちから遠ざかり命をつないだのです。
しかし、藤原氏としては名門豪族大伴氏を率いる家持を野放しにするわけにはいきません。
家持が左遷されたのは、古代からの名門豪族である大伴氏が藤原氏にとって危険な存在だったからです。七月、藤原仲麻呂は抜かりなく家持を因幡国に遠ざけ、八月には孝謙天皇の譲位、息のかかった大炊王(淳仁天皇)に即位させました。藤原仲麻呂は光明皇后の甥で、孝謙天皇には従弟にあたり、光明皇后の権威のもとに権力を握りました。
仲麻呂は光明皇后というバックがあったので、すべて意のままに動かせると思っていたのでしょう。
政変の度に、藤原氏によってターゲットの動向は監視され、事が起きた時には逃げ道はないのです。
橘奈良麿の謀反事件でも「反藤原氏勢力を一網打尽」計画は準備万端でした。
天平勝宝九年の橘奈良麿の変は、計画通りに事が進行しました。
発端は、聖武天皇の遺詔により「道祖王ふなどおう」が皇太子指名されていたことです。天武天皇の皇子である新田部親王の王子に皇位が移るのです。それが聖武天皇の遺言でした。孝謙女帝は独身でしたから、当然だれかに皇位継承されるのですが、藤原氏としては道祖王(ふなどおう)では納得いかなかったのでした。彼は天武系の王子です。
聖武天皇崩御(756年5月)の半年後の天平勝宝八年(757年1月)、左大臣を辞していた橘諸兄を死に至らしめ(おそらく殺害されたと思います)、その同年(757)7月に「橘奈良麿の変」を実行しました。
そうとしか考えられません。藤原氏がかかわる政治的な出来事は、ほとんど半年前から準備され確実に実行されています。それも、ことごとく「半年後の法則」(私が命名したのですが)に当てはまります。
757年7月、奈良麿の謀反は、大伴家持とも親しく交流していた山背王(長屋王の子)によって密告されました。それまで反藤原仲麻呂派だった山背王が、なぜか仲間を裏切り藤原氏に密告したのです。内部事情を知り尽くした王の密告です。そして、同母の兄をはじめ443人もの人が刑に処せられました。同母の兄の安宿王はその妻子とともに佐渡に流罪でした(宝亀四年・773年には、高階真人の姓を賜り、臣下に下る)。しかし、同母の兄の黄文王は皇位継承者候補とされていたために獄中で杖に打たれ絶命しています。
家持はこの危険な網を逃れました。家持の大切な人々は、歌を交換し合った友である大伴池主も、大伴氏の期待の星だった大伴古麻呂も、道祖王も名だたる官人も獄中の拷問で絶命したのでした。
何もできなかった家持は無念でした。
家持の主人だった藤原仲麻呂(恵美押勝)が、大伴家持の本心を見抜かないはずはありません。家持が大伴氏を断絶しないために不本意な選択をしたことに気が付いていたはずです。ですから、橘奈良麿の変(757年7月)のちょうど一年後に、因幡国に左遷したのです。家持が都を去ると、八月にさっさと淳仁天皇(大炊王)を即位させました。
時代の流れと一族の受難を密かにかみしめて家持は因幡国で年末を迎え、そして新年を迎えたのです。
そこで、大伴家持は新年を寿ぐ歌を詠み、それを万葉集の最終歌としたのです。
どんなにつらいことがあっても、家持が寿歌を詠み切ったのはなぜか。それは、彼が初期万葉集の編集に倣い合わせたからです。
柿本人麻呂によって編纂された「初期万葉集」では「寿歌をもって最終歌としていた」からです。
だから、家持も渾身の力を注いで最終歌を詠んだのでした。
明日は、万葉集最終歌の4516番歌の一つ前の歌4515番歌についてお話ししましょうね。
では、また。
by tizudesiru
| 2019-12-26 22:49
| 374令和元年こそ万葉集を読み解こう
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132箸墓は卑弥呼の墓ではない
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134邪馬台国シンポ・久留米
135阿蘇ピンク石の井寺古墳
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137方保田東原遺跡の庄内式土器
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139大祖神社と志登神社に初詣
140猫大明神のネコとは
141熊本大震災
142光の道は祭祀線
143大汝小彦名の神こそは
144紀伊國に有間皇子の跡を訪ねて
145和歌山と九州の古墳
146有間皇子の墓は岩内1号墳か
147糸島高校博物館
148光の道は弥生時代から
150草壁皇子を偲ぶ阿閇皇女
151有間皇子を偲ぶ歌
152有間皇子の霊魂に別れの儀式
153有間皇子の終焉の地を訪ねた太上天皇
154 有間皇子は無実だった
155持統帝の紀伊国行幸の最終歌
156人麻呂は女帝のために生きた
157持統帝の霊魂に再会した人麻呂
158草壁皇子の形見の地・阿騎野
159草壁皇子の薨去の事情
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161天武朝の女性たちの悲劇
163持統天皇の最後の願い
164持統天皇との約束・人麻呂ことあげ
144有間皇子事件の目撃者
165天武大地震(筑紫大地震)678年
166高市皇子と高松塚古墳
167持統帝の孫・文武天皇の仕事
168額田王は天智天皇を愛し続けた
169額田王の恋歌と素顔
170額田王が建立した粟原寺
171額田王の歌の紹介
172糸島の神社
173高市皇子の妃・但馬皇女の恋歌
174高市皇子の死の真相
175草壁皇子の挽歌
176大化改新後の年表
177持統帝と天武帝の絆の深さ?
熊本地震・南阿蘇への道
178天武帝の霊魂は伊勢へ
179天武帝と持統帝の溝
180天智天皇と藤原鎌足
181藤原不比等とは何者か(1)
181藤原不比等とは何者か(2)
181藤原不比等とは何者か(3)
182鎮魂の歌集・初期万葉集
183元明天皇の愛と苦悩
184氷高内親王の孤独
185長屋王(高市皇子の長子)の悲劇
186 聖武天皇の不運と不幸
187難波宮を寿ぐ歌
188孝徳帝の難波宮を寿ぐ
189間人皇后の愛と悲劇
190間人皇后の難波宮脱出
191有間皇子と間人皇后の物語
192軽太郎女皇女の歌
193人麻呂編集の万葉集
194万葉集は倭国の歌
195聖武天皇と元正天皇の約束
196玄昉の墓は沈黙する
197光明子の苦悩と懺悔
198光明皇后の不幸と不運
199光明皇后の深い憂鬱
200大仏開眼会と孝謙天皇の孤独
201家持と橘奈良麻呂謀反事件
202藤原仲麻呂暗殺計画
203藤原仲麻呂の最後
204和気王の謀反
204吉備真備の挫折と王朝の交替
205藤原宮の御井の歌
206古墳散歩・唐津湾
208飛鳥寺は面白い
209石舞台・都塚・坂田寺
210石川麿の山田寺
211中大兄とは何者か
212中大兄の遅すぎる即位
213人麻呂、近江京を詠む
214天智天皇が建てた寺
215中大兄の三山歌を読む
216小郡市埋蔵文化財センター
217熊本・陣内廃寺の瓦
218熊本の古代寺院・浄水寺
219法起寺式伽藍は九州に多い
220斑鳩の法輪寺の瓦
221斑鳩寺は若草伽藍
223古代山城シンポジウム
224樟が語る古代
225 九州の古代山城の不思議
229 残された上岩田遺跡
231神籠石築造は国家的大事業
232岩戸山古墳の歴史資料館
233似ている耳飾のはなし
234小郡官衙見学会
235 基肄城の水門石組み
236藤ノ木古墳は6世紀ですか?
237パルメットの謎
238米原長者伝説の鞠智城
239神籠石は消された?
240藤原鎌足の墓
240神籠石の水門の技術
241神籠石と横穴式古墳の共通点
242紀伊国・玉津島神社
243 柿本人麻呂と玉津島
244花の吉野の別れ歌
245雲居の桜
246熊本地震後の塚原古墳群
247岩戸山古墳と八女丘陵
248賀茂神社の古墳と浮羽の春
249再び高松塚古墳の被葬者
250静かなる高麗寺跡
251恭仁京・一瞬の夢
252瓦に込めた聖武帝の願い
253橘諸兄左大臣、黄泉の国に遊ぶ
254新薬師寺・光明子の下心
255 東大寺は興福寺と並ぶ
256平城京と平安京
257蘇我氏の本貫・寺・瓦窯・神社
258ホケノ山古墳の周辺
259王権と高市皇子の苦悩
260隅田八幡・人物画像鏡
大化改新後、武蔵大国魂神社は総社となる
262神籠石式山城の築造は中大兄皇子か?
263天智天皇は物部系の皇統か
264古今伝授柿本人麻呂と持統天皇の秘密
265消された饒速日の王権
266世界遺産になった三女神
267氏族の霊魂が飛鳥で出会う
268人麻呂の妻は火葬された
269彷徨える大国主命
270邪馬台国論争なぜ続くのか
271長屋王の亡骸を抱いた男・平群廣成
272吉武高木遺跡と平群を詠んだ倭建命
273大型甕棺の時代・吉武高木遺跡
274 古代の測量の可能性・飛鳥
275飛鳥・奥山廃寺の謎
276左大臣安倍倉梯麿の寺と墓
277江田船山古墳と稲荷山古墳
278西原村は旧石器縄文のタイムカプセル
279小水城の不思議な版築
280聖徳太子の伝承の嘘とまこと
281終末期古墳・キトラの被葬者
282呉音で書かれた万葉集と古事記
283檜隈寺跡は宣化天皇の宮址
285天香具山と所縁の三人の天皇
286遠賀川流域・桂川町の古墳
287筑後川流域の不思議神社旅・田主丸編
288あの前畑遺跡を筑紫野市は残さない
289聖徳太子の実在は証明されたのか?
290柿本人麻呂が献歌した天武朝の皇子達
291黒塚古墳の三角縁神獣鏡の出自は?
292彷徨う三角縁神獣鏡・月ノ岡古墳
293彷徨える三角縁神獣鏡?赤塚古墳
294青銅鏡は紀元前に国産が始まった!
295三角縁神獣鏡の製造の時期は何時?
296仙厓和尚が住んだ天目山幻住庵禅寺
297鉄製品も弥生から製造していた
298沖ノ島祭祀・ヒストリアが謎の結論
299柿本人麻呂、近江朝を偲ぶ
300持統天皇を呼び続ける呼子鳥
301額田王は香久山ではなく三輪山を詠む
302草壁皇子の出自を明かす御製歌
303額田王は大海人皇子をたしなめた
304天智帝の皇后・倭姫皇后とは何者か
305持統天皇と倭姫は同じ道を歩いた
306倭京は何処にあったのか
307倭琴に残された万葉歌
308蘇我氏の墓がルーツを語る
309白村江敗戦後、霊魂を供養した仏像
310法隆寺は怨霊の寺なのか
311聖徳太子ゆかりの法隆寺が語る古代寺
312法隆寺に残る日出処天子の実像
313飛鳥の明日香と人麻呂の挽歌
315飛ぶ鳥の明日香から近津飛鳥への改葬
316孝徳天皇の難波宮と聖武天皇の難波宮
317桓武天皇の平安京遷都の意味をよむ
318難波宮の運命の人・間人皇后
319間人皇后の愛・君が代も吾代も知るや
320宇治天皇と難波天皇を結ぶ万葉歌
321孝徳・斉明・天智に仕えた男の25年
322すめ神の嗣ぎて賜へる吾・77番歌
323卑弥呼の出身地を混乱させるNHK
324三国志魏書倭人伝に書かれていること
325冊封体制下の倭王・讃珍済興武の野望
327古代史の危機!?
和歌山に旅しよう
2018の夜明けに思う
日の出・日没の山を祀る
328筑紫国と呼ばれた北部九州
329祭祀線で読む倭王の交替
330真東から上る太陽を祭祀した聖地
331太陽祭祀から祖先霊祭祀への変化
332あまたの副葬品は、もの申す
333倭五王の行方を捜してみませんか
334辛亥年に滅びた倭五王家
335丹後半島に古代の謎を追う
346丹後半島に間人皇后の足跡を追う
345柿本人麻呂は何故死んだのか
346有間皇子と人麻呂は自傷歌を詠んだ
347白山神社そぞろ歩き・福岡県
348脊振山地の南・古代豪族と倭国の関係
349筑紫君一族は何処へ逃げたのか
350九州神社の旅
351九州古代寺院の旅
352日田を歩いたら見える歴史の風景
353歴史カフェ阿蘇「聖徳太子のなぞ」
354遠賀川河口の伊豆神社
355邪馬台国の滅亡にリンクする弥生遺跡
356甕棺墓がほとん出ない宗像の弥生遺跡
357群馬の古墳群から立ち上る古代史の謎
358津屋崎古墳群・天降天神社の築造年代
359倭王たちの痕跡・津屋崎古墳群
360大宰府の歴史を万葉歌人は知っていた
361 六世紀の筑後に王権があったのか
362武内宿禰とは何者か
363神籠石が歴史論争から外され、更に・
364 令和元年、万葉集を読む
365令和元年・卑弥呼が九州から消える
366金象嵌の庚寅銘大刀は国産ではない?
367謎だらけの津屋埼古墳群と宗像氏
368 北部九州で弥生文化は花開いた
369・令和元年、後期万葉集も読む
370筑紫国造磐井の乱後の筑紫
371三国志の時代に卑弥呼は生きていた
372古代史の謎は祭祀線で解ける
373歴史は誰のものか・縄文から弥生へ
374令和元年こそ万葉集を読み解こう
375大伴家持、万葉集最終歌への道
376神社一人旅はいかがですか
377花の写真はいかがですか
378杵島曲が切り結ぶ有明海文化圏と関東
379万葉集巻二十は鎮魂と告発の歌巻
380関東の神社は、政変を示しているのか
381九州の古墳の不思議と謎
382松浦佐用姫は何故死んだのか
383令和三年の奇跡を祈りましょう
384歴史は誰のものか・弥生から古墳へ
法隆寺
大塚初重氏の仕事
385万葉集を片手に旅ゆけば
386今城塚古墳の謎・物語が見えない
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