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ヒキガエルが守る姥ヶ城の天満神社

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ここには八幡宮
はない!
って、どういうこと?? 
不思議な天満宮だらけ

「南無八万大菩薩!」と弓をきりりと絞ったのは、平家物語の那須与一でしたね。武士は八幡神を信仰しました。八幡神は応神天皇で、武人の神なのでしょう。八幡神は神功皇后と一緒に祭られていますね。
案内してくださったM氏が言われました。
「不思議なことに、ここには八幡神社はありません。天満宮だらけです」
ふむ…むむ…では、八幡神を守護神とする武士の信仰が入って来なかったということですか?
それとも、神功皇后伝承が必要なかったということでしょうか? 
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「天」の字にすっかり慣れました。ここは、田主丸町地徳(姥ヶ城)の天満宮です。
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「鳥居杉」というのだそうです。境内への入口には杉の間に注連縄が張ってありました。神域を示したのでしょうね。鳥居を造るにはお金がかかるでしょうから。それとも、本来鳥居などなく、ご神域を示す「注連縄」があっただけでしょうか。
万葉集でも「標結はましを(しめ縄を張りましたのに)」とか「しめ野(標縄を張って区別した土地)」とか出てきます。大事な場所は、標縄を張って区別したのですね。
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あれ!天満宮に牛ではなく、カエルですか?
これは、ヒキガエルだそうです。
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狛犬の台座も梅ではなく牡丹(?)が彫られています。
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確かに天満神社ですね。
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神殿の南北の軒下には、青鬼・赤鬼が守りについていました。
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網戸の向うをのぞかせていただきました。
ご神体は菅原道真のはずですが、三柱の神様がおられるようです。ここも、ある時期に神様の入れ替えや合祀があったのでしょうか。
ふむふむ、ですね。ヒキガエルや三柱の御神体を参拝させていただきましたが、どうおもわれましたか?

ヒキガエルのお話、どこかにありましたね。


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by tizudesiru | 2017-10-04 10:42 | 287筑後川流域の不思議神社旅・田主丸編 | Trackback | Comments(0)


地図に引く祭祀線で分かる隠れた歴史


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