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西原村報告

西原村報告
布田川断層を垣間見るやっと熊本に入りました。
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肥後大津から阿蘇方面を見ると、大きな外輪山の切れ目が見えます。カルデラの割れ目で、『蹴破り伝説』のある谷です。北向山と立野の間の谷を白川が流れています。
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白川の岸から俵山を眺めました。山の一部が地震で崩れているようです。雨が降ったら危険でしょうね。
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壊れた道路ですが、まだまだ大事な動脈として使えます。
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布田川断層のすぐ横を走る道路は壊れて、交通止めになっていています。この夜は何とか過ごしましたが、余震で夜中に目が覚めて朝まで眠れませんでした。
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断層の上の家屋は全壊です。このような壊れた石垣の横をわずかに車が通れるように地域の人が道を整備していました。次の日は雨で、雨の重みで実家の天井が落ちました。この日の夜は、避難勧告が出て避難所で車中泊となり、仕方なく自宅に戻りました。高速は混んでいましたが、朝早くだったので渋滞はありませんでした。  

 
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by tizudesiru | 2016-04-28 19:12 | 141熊本大震災 | Comments(0)

熊本大震災!緑よ、よみがえれ!

熊 本大震災!緑よ、蘇れ!その美しさを永遠に! 
私は、今年・2016年4月6日、阿蘇の黄スミレを見に行った。近年の集中豪雨のあと、阿蘇の山肌は荒れてしまったので、黄スミレはどうなったのだろうと気がかりだったからだ。この日から10日後に、大震災が来るとは思ってもみなかった……
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黄スミレは、けなげにつつましく咲いていた。
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春を迎えるために行われる草原の「野焼き」のあとに、焼けた草ぐさの根元に咲いていた。
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黄スミレの咲く草地から往生岳が見える。往生岳の東南に阿蘇中岳が控えている。
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美しく蘇ったような往生岳には、まだまだ水害の爪痕が残っている。
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一面に咲く黄スミレを見て、この美しさが長く永く続きますようにと祈った、祈らずにはおれなかった。
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阿蘇のカルデラの田園と外輪山は、しんとして静かだった。
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阿蘇中岳も静かに煙を上げていた。すべて世はこともなし……というこの静かな風景は、この後一変してしまうのだ……
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by tizudesiru | 2016-04-22 10:28 | Comments(0)


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212中大兄の遅すぎる即位
213人麻呂、近江京を詠む
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218熊本の古代寺院・浄水寺
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232岩戸山古墳の歴史資料館
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240藤原鎌足の墓
239藤原鎌足の墓
240神籠石の水門の技術
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243 柿本人麻呂と玉津島
244花の吉野の別れ歌
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247岩戸山古墳と八女丘陵
248賀茂神社の古墳と浮羽の春
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252瓦に込めた聖武帝の願い
253橘諸兄左大臣、黄泉の国に遊ぶ
254新薬師寺・光明子の下心
255 東大寺は興福寺と並ぶ
256平城京と平安京
257蘇我氏の本貫・寺・瓦窯・神社
258ホケノ山古墳の周辺
259王権と高市皇子の苦悩
隅田八幡・人物画像鏡
大化改新後、武蔵大国魂神社は総社となる
262神籠石式山城の築造は中大兄皇子か?
263天智天皇は物部系の皇統か
264柿本人麻呂と持統天皇
265消された饒速日の王権
266大宰府・宝満・沖ノ島
267氏族の霊魂が飛鳥で出会う
268人麻呂の妻は火葬された
269彷徨える大国主命
270邪馬台国論争なぜ続くのか
271長屋王の亡骸を抱いた男・平群廣成
272平群を詠んんだ倭建命
273大型甕棺の時代
274 古代の測量の可能性・飛鳥
275飛鳥・奥山廃寺の謎
276左大臣安倍倉梯麿の寺と墓
277江田船山古墳と稲荷山古墳
278西原村は旧石器縄文のタイムカプセル
279小水城の不思議な版築
280聖徳太子の伝承の嘘とまこと
281終末期古墳・キトラ
282呉音で書かれた万葉集と古事記
283檜隈寺跡は宣化天皇の宮址
284明日香川原寺の万葉歌の謎
285天香具山と所縁の三人の天皇
286遠賀川流域・桂川町の古墳

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