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続・大祖神社と志登神社に初詣

続・大祖神社と志登神社に初詣志登神社は延喜式内社(小社)です。田圃の中にポツンとあります。訪れるたびに、どんな人が守っているのだろうと思って不思議な気持ちがしていました。
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志登神社は建て代わっていました。よく見ると平成二十八年の正月、今年ではありませんか。大変ありがたい思いになりました。それも総檜造の素晴らしい神社となっていました。
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藩政時代には原田氏や黒田氏が築造に係っていたようです。
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さて、志登神社のラインは今までにも度々紹介してきましたが、新しい気分で再度紹介しましょう。
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志登神社の東西ラインは、加也山(西)から東に伸ばすと、遠賀川流域の最大の装飾古墳「寿命王塚古墳」に届きます。南北ラインは、北の柑子岳と南の雷山ラインになります。
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その他のラインも見ましょう。
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加也山からのラインが砥石山に届くと、丸熊山古墳や若八幡古墳を通ります。若八幡古墳は三角縁神獣鏡を出土した4世紀の古墳になります。このラインを東西ラインと呼びたいのですが、かんじんの志登神社の境内の南をラインが通ってしまうのです。現在の神社の位置が10メートルほど動かない限り、ラインは成立しません。
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これは、一貴山銚子塚古墳からのラインで、そのまま伸ばすと大嶽を通り福津市の波切不動古墳に届きます。一貴山銚子塚古墳は三角縁神獣鏡も副葬しますが、大事に頭部に置かれた鏡は金メッキの後漢鏡だという、3世紀後半から4世紀前半の糸島地方では最大の古墳となっています。その古墳が6世紀後半の波切不動古墳につながるのは、どういう歴史を反映しているのでしょう。まあ、それはそれで。気になるラインが他にもあるのですが、それは脊振山を二つの延喜式内社が挟むというものです。
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延喜式内社は、10世紀の醍醐天皇の時代の神祭りを反映しています。皇統の継承が危うくなった時期に設定された神祭りですから、そこに託されているのは皇室の安泰でしょう。その式内社が、脊振山を挟んでいます。古来から信仰の対象であった神の山「背振(上宮山)」を守っているのか、縛ろうとしているのか、どちらかと聞かれると『背振の霊力を封じている』と答えてしまいます。他の式内社の状況から引き出された答えでもあります。
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志登神社は伊都国と志摩国をつなぐ陸の橋の聖地に古来より鎮座されているのです。この聖地が守られ残されていくことは素晴らしいことだと思いました。真新しい檜の輝きと香りに心が満たされました。
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by tizudesiru | 2016-01-09 12:14 | 139大祖神社と志登神社に初詣 | Comments(0)

大祖神社と志登神社に初詣

大祖神社志登神社に初詣1月8日、福岡県糸島市の大祖神社に行きました。この神社は、福岡平野の東に位置する伝承と信仰の山である若杉山、そこに西に向いて立つ太祖神社と相対しています。もちろん、すでに紹介しています。太祖神社に向き合う神社であることなど、ほとんど人に知られていないでしょう。それは地図を広げて分かったことですから。神社は「芥屋の大門」と呼ばれる景勝地の岬の付け根に東に向いて建てられています。
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それにしても、ほとんど人に知られていないような神社が「大祖」神社なのか、ちょっと戸惑いますが、地図で見ると「やはり」と納得します。大祖神社と太祖神社は、東西に相対しています。
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これだけではありません。太祖宮から見て、黄色ラインは夏至の日の出ラインで、黄緑ラインは冬至の日の出ラインです。夏至のラインは福津市の宮地嶽神社の不動古墳に届き、冬至のラインは糸島市の平原王墓・三雲南少路王墓につながります。いずれも、それぞれの時代を代表する一級の副葬品を持つ古墳であり弥生王墓です。
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このようなラインを導き出す大祖神社とは、どのような歴史を持っているのでしょう。他にも、宮若市の竹原古墳(装飾古墳)につながるライン上には大嶽神社が乗ります。小さな丘ですが、山頂に磐座があります。
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芥屋の大門という柱状節理の断崖に窟が開いています。大門神窟の鳥居です。
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こんな大祖神社、初詣は寒かったけれどすがすがしい気持ちになりました。
 この後、志登神社に行きましたが、それはまた明日。
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by tizudesiru | 2016-01-08 23:16 | 139大祖神社と志登神社に初詣 | Comments(0)

138武士の祭祀線・徳川氏と足利氏

徳川家康足利尊氏の夢?陰謀?武士の祭祀線
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 どなたも御存じのように、平安京は千年の都です。桓武天皇は都を怨霊から守るために平安京を設計されたそうです。その皇子の嵯峨天皇も空海に国家と都の守りを託しました。「空海の霊力」でもすでに紹介していますが、平安京は確かに神社と寺院で守られています。皇居は火災により移動していますから、途中で若干の修正はあったようです。水色のポイントは10世紀の始め、醍醐天皇の延喜式により名神大社として挙げられたいわゆる「延喜式内社」です。神となった祖先霊(陵墓)の力も借りて、都と御所は守られていたのです。
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では、鎌倉・室町と武士の時代になっても「都の守り」が機能していたとなれば、武士にとても由々しきことです。足利尊氏は室町に幕府を開きましたが、後醍醐天皇の菩提を弔うために「天龍寺」を建立したと伝わります。確かに、夢想国師の助言を受けて、国師を開山として創建された禅寺でしょう。しかし、その立地を見ると不思議な気分になります。
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方丈から見える庭は、夢想国師作の池泉回遊式庭園で嵐山を借景としていますが、そこを一本のラインが通っています。
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このラインは、都と天皇家を明治まで守り続けた東寺と、延喜式内社の間にあります。私なりにラインを読んで考えてみると、出雲大神宮と東寺の結びつきを断つという結果を導き出します。まさかと思われるかもしれないので、足利氏の二代将軍の庶子で、三代将軍となった足利義光が建立したという「金閣寺」を見てみましょう。
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上賀茂神社と松尾大社の間にきちんと入っています。義光は中国との外交権を手中にし、倭国王として君臨しようとしていたので、式内社の霊力を断ち切ろうとしたのでしょう。足利氏の夢でもあった政権掌握への密かな布石でしょうか。
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では、江戸幕府を開いた徳川家康も、京都と御所を縛ったのでしょうか。
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これは、2016年のNHKのテレビ番組をカメラで撮ったものです。久能山東照宮とと日光の東照宮が富士山を挟んでラインで結ばれるというもので、墓所が西の近畿に向いているというのは豊臣家を意識してのことだという展開の番組でした。グーグルで見ると次のようになりますが、富士山は山頂を通っていないし、京都も大阪も若干外れます。青のポイントは、日光と久能山の家康の墓所で、黄緑が富士山です。京都では二条城にラインをつないでいます。が、今一つ徳川氏の意図が見え難いですね。
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では、徳川氏は京都には興味を示さなかったのでしょうか。いいえ、そうではありませんでした。すでに何度も紹介している二条城のラインです。
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徳川氏が京都に築いた二条城は、下鴨神社と角宮(式内小社)のラインを断ち、御所の守りのラインを傷つけています。また、上賀茂神社と東寺のラインの中に入り込み、天智天皇陵と出雲大神宮の間にも割り込んでいます。足利氏と同じように、東寺・出雲大神宮・上賀茂神社の霊力を断とうとしているように見えます。つまり、武士の時代にも祭祀ラインを密かに利用したり、その霊力を遮ろうとする思想はあったということです。


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by tizudesiru | 2016-01-06 23:22 | 138武士の祭祀線・徳川と足利 | Comments(0)


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