カテゴリ:65継体天皇陵墓のラインを読む( 1 )

継体天皇陵墓のライン

太田茶臼山古墳と今城塚古墳 日本書紀によれば、筑紫君磐井を討ったのは、継体天皇です。その陵墓は、宮内庁により太田茶臼山古墳とされています。しかし、かなりの先生方が「今城塚古墳が継体陵である可能性が強い」と言われています。
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太田茶臼山古墳今城塚古墳が1キロあまりはなれて造られています。太田茶臼山古墳のほうが古いそうです。今城塚古墳が6世紀前半だそうで、ちょうど継体天皇の活躍した時期と重なります。今城塚古墳は、この時期の前方後円墳としては最大で、日本一の埴輪祭祀を備えているそうです。埴輪祭祀は、造り出しと呼ばれる場所で行われ、6世紀前半の古墳に用いられている理由は、大倭の古墳の形式を踏襲しようとした継体天皇の思いが現れているのだとか。では、二つの古墳を見ます。太田茶臼山からは赤ライン。今城塚からは青(紫)ライン2本を出しています。 
 太田茶臼山から出た赤ラインは、生駒山の山頂付近を通りますが、青(紫)ライン二本は山頂を外し過ぎています。
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このラインが神武陵を通過するときは、青ラインが陵墓中心近くを通り、赤ラインは中心を外します。
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では、今城塚から出たもう一本の紫ラインは、何処へ行ったのでしょう。それは、藤原宮を通り、飛鳥の岡寺(もと岡寺)草壁皇子が育った岡の宮址・治田神社へ当たるのです。
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こうしてみると、今城塚古墳(継体天皇陵墓か)を、明日香の藤原宮は意識していた事になりますね。それは、草壁皇子の宮に届いていたし……草壁皇子が皇位継承者として重要な位置にいたことは間違いありません。今城塚古墳が、真の継体陵なら、このラインは重要です。
 さて、他の赤ラインと青ラインは、どうなったでしょう。
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両ラインは、見勢丸山古墳(明日香最大の古墳・欽明天皇稜墓の可能性大)の中心をやや外しながら通過します。
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そして、高松塚古墳にあたります。高松塚古墳は、耳成山の南にあたり、藤原宮の横をこの高松・耳成ラインが通過します。
 結論として、古墳から出ている三本のラインだけで言えることは、太田茶臼山と今城塚の双方とも、継体天皇陵墓の可能性があります。しかしながら、今城塚(継体天皇陵墓指示大)古墳は、藤原宮に住んだ人から重要視されていたし、もと岡寺につながるし、高松塚古墳につながるし、神武陵・見勢丸山古墳(欽明陵か)につながるようだし。欽明天皇の父である男大迹(オホド)王(継体天皇)の陵墓として、今城塚古墳のほうがふさわしいでしょうね。北陸から大和に入ってきた継体天皇は、大和の中心になかなか入れず、周辺の宮を移動していたように言われます。しかし、淀川水系という交通の要衝を抑えていたとも考えられます。古代の淀川は、大きな交易用の水路だったことでしょう。陵墓が淀川水系に造られても不思議ではありません。継体天皇が大事にした欽明天皇は、手白香皇后(武烈天皇の妹)の皇子です。前天皇の血統をつないでいるのです。藤原宮が造られる時、継体・欽明天皇の陵墓を取り込む事は当然と言えます。それを草壁皇子(第一の後継者)につなぐのも当然と言えるでしょう。ただ、赤ラインは、高松塚古墳を過ぎて、文武天皇陵墓まで届きます。太田茶臼山古墳の被葬者は、男大迹王の近親者かもしれません。男大迹王の父系の有力者は、すでに大和の近く淀川水系で財をなしていたのでしょう。それが、筑紫君磐井討伐の兵を出せる財源だったのかもしれません。

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by tizudesiru | 2012-04-23 09:07 | 65継体天皇陵墓のラインを読む | Comments(0)


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